目次26年10月号
巻頭言 「 旅の恥は掻き捨て 」
すずか路
・小休止
・柳論自論「川柳イグアナ論(下)
・没句転生
川柳・人と句「 大野たけおさん」
・例会
・例会風景
特別室
・アラレの小部屋
・前号「すずか路」散歩
誌上互選
・インターネット句会
・ポストイン
・お便り拝受・エッセイ・その他
・大会案内
・編集後記
 

柳歩
柳歩整理

柳歩
柳歩
たかこ


清水 信さん
久美子
伊勢星人さん


たかこ


 
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巻頭言

「旅の恥は掻き捨て」 

 「NHKーFM三重県域」の新番組「みえDE川柳」は、今年四月から始まった。毎月最終金曜日の午後六時から五十分間の生放送である。     

 今年の二月頃、NHK津放送局から三川連事務局に協力要請があったのだが、選句は宮村典子さん(前理事長)と私で、出演はアナキャスと典子さんということで立ち上がった。典子さんは皆さんご存知の通り、弁舌さわやか、打って付けの配役である。もちろん、両名とも「正しい文芸川柳」の普及と啓蒙の一助にしたいがための、ボランティア精神からの受諾であった。 

 私は月に一度、津放送局に出かけて選句し、選評などを書いて典子さんの参考にして貰うだけの気楽な仕事であった。しかし、第六回目となる九月は思わぬ事態が発生した。肝心の典子さんが二ヶ月ほど都合で出られなくなったのである。そこで繋ぎに、この私に出演依頼が掛かったという訳である。 正に青天の霹靂、想定外の事態である。皆さんご存じの通り私は、借りてきた猫が背広を着ているような人間である。文章でこそ饒舌だがラジオで喋るなんておよそ似つかわしくはない。 しかし、なにぶん放送日は近づいている。私が断ったらNHKも典子さんも、そして三重県川柳連盟としても世間に顔向けが出来ないだろう。受けるしか仕方がないではないか…。  

 考えてみれば私も今年は古稀になった。この世の旅もせいぜいあと十年である。生放送に出演して世間に恥を晒しても、死んでしまえば分からない。私を知る人間たちもそう長く生きるわけでもない。現実問題としても癌宣告を受けた場合に比べれば「どおってことはない」のだ。と、強く自分に言い聞かせて放送当日を迎えたのだが、リハーサルが始まると落ち着かない。ディレクターの「雑談のつもりで」の一言でやや自分を取り戻す。ラジオを聴いている人はいないと自己暗示して、何とかお務めを果たしたのであった。

                                         柳歩            

 

すずか路より
空いている心の中のスケジュール 落合文彦
満月を拝んで閉じる日記帳 鈴木裕子
泣き虫を浜昼顔が癒す夏 長谷川健一
投了をして尊敬の握手する 水野 二
手始めに起承転結書いてみる 竹口みか子
彼岸花咲いて残暑も遠ざかる 瓜生晴男
だらしない靴下でする野良仕事 加藤吉一
年老いて昔話が好きになる 安田聡子
返信にすこし時間を下さいな 芦田敬子
夏野菜高い高いと読む値札 圦山 繁
一人では演じられないラブシーン 鍋島香雪
足踏みをすると沈んでいく沼地 小出順子
満員車スマホガラケー無言劇 鈴木章照
自分史の中でときどき蝉が鳴く 高柳閑雲
国の名の中だけにある民主主義 川喜多正道
最後かも休んでおれぬクラス会  石崎金矢
悔やむことあってやっぱり空を見る 柴田比呂志
誘われてついて行くけど身が入らぬ 加藤峰子
狂わない柱時計に使われる 西野恵子
アイドルにもう戻れないナタデココ 青砥英規
その先が知りたくなってボタン押す 尾アなお
盆踊りしたがる浴衣しまい込む 岡ア美代子
寝転んで今夜は月を追いかける 神野優子
自分史の余白に悔いは積んでおく 外浦恵真子
谷底を一度見て来た癌手術 寺田香林
寄り道の癖がついてる給料日 瀬田明子
大西洋で拾った石を持ち帰る 前田須美代
どこまでがジョークネクタイ真っ赤っか 水谷一舟
電話した日が命日と聞かされる 加藤けいこ
高原の野菜ポキッと音がする 小川のんの
長生きの予感しながら生きている 石谷ゆめこ
目分量レシピなんぞと聞かれても 岩谷佳菜子
喋り過ぎ大事な話聞き逃がす 西垣こゆき
ツアー客家では言えぬ無理を言う 松岡ふみお
俎板を盾にされては逆らえぬ 坂倉広美
大きければ大きい文字で書く句箋 橋倉久美子
墓参りもう帰るのと言われそう 北田のりこ
しがらみもあっさり解いて子の世代 河合恵美子
貧乏神以外は会ったことがない 吉崎柳歩
日持ちせぬ土産を買った日の不覚 青砥たかこ
 

整理・柳歩

川柳 人と句32「大野たけおさん」                                                                                 たかこ


理髪師に命預ける無の時間
誰も知らない一時保管の後のこと
残照のベンチに寡黙サユリスト
分かっても分かりきってはない 誤解
動揺を抑え明朝体で打つ

追い焚きをすれば夕陽は沈まない
響き合う女と聴いてる風の韻
馬の脚になりきってからよく眠る
自讃する他なし一人カラオケへ

モーツアルト聴く血圧が高い夜
バーコードの言い分だから信じます
買いだめを冷ややかに見るエコバック
完璧なしょう油差しには縁がない

携帯の時計狂ってみませんか
大往生フェンスを抱いたまま枯れる
ひとりだけに判って欲しい歌を詠む
同数の椅子取りゲーム締まらない

古希なんてもう言わないぞ 古希の朝
まだ枯れていない証拠だ吹出物
助走してばかり 人生九合目
脱線をするほど余力ありません
嬉しくて少し哀しい再雇用

 

9月27日(土)例会より
宿題「粉」 吉崎柳歩 選と評
  粉粉になってしまえば諦める 岩谷佳菜子
  粉ぐすりにも誉め言葉にもむせている 北田のりこ
 止 こねられて団結力のついた粉 橋倉久美子
 軸 手間ひまをかけて粉になる吉野葛 吉崎柳歩
宿題「しおれる」(共選) 石谷ゆめこ 選
  しおれないけどくたびれてくる造花 北田のりこ
  しおれてる顔もふっとぶ笑いヨガ 鈴木裕子
 止 しおれてはいないか声を掛けてみる 吉崎柳歩
 軸 ごめんねとしおれた花に水をやり 石谷ゆめこ
宿題「しおれる」(共選) 加藤吉一 選
  ときどきはしおれてみたい水中花 青砥たかこ
  しおれない花にもきっとある疲れ 加藤峰子
 止 しおれない程度に水を飲んでおく 鈴木裕子
 軸 しおれ切るとたたりありそう墓の花 加藤吉一
宿題「自由吟」 橋倉久美子 選と評
  ざっくりと言えば醜い深海魚 加藤吉一
  訳あって立っているのに譲られる 北田のりこ
 止 長袖になって不便な風呂そうじ 加藤峰子
 軸 彼岸花きっちり秋を連れてくる 橋倉久美子
席題「揺れる」(互選)
 9点 揺らすのが仕事の地震体験車 橋倉久美子
 8点 もらうものもらえば揺れるのもおんな 坂倉広美
 7点 揺れているうちは様子を見る地震 吉崎柳歩
  同居する誘いにこころ揺れてくる 鈴木裕子
 5点 治らない医師の言葉に揺れている 杉浦みや子
  みのむしは好んで風と遊ばない 青砥たかこ
  決心をさっそく揺らす向かい風 吉崎柳歩
 4点 コスモスが揺れてわたしの秋になる 鈴木裕子
 
特別室

 東八VS路郎                                     清水 信

 田辺聖子が監修した東野大八の遺著『川柳の群像』(二〇〇四年集英社)には、明治・大正・昭和の川柳作家百人が扱われていて、もちろんそこには麻生路郎のページもある。
 戦後作家の破滅派にも通じ、身辺雑記を書くに過ぎぬと非難された私小説作家にも似て、麻生路郎は下降志向の止まなかった人であった。
 通信省の外電技師とか堺市立公民病院事務長などという一生食っていけるような立派な職を何度も棄てて、妻子を貧窮の生活にさらしながら、頑固一徹、小さな詩である川柳に我が身を捧げた。

・古くとも僕には仁義礼智信
・子よ妻よばらばらになれば浄土なり
・寝転べば畳一帖ふさぐのみ

「芸術衝動なくして、真の芸術なし」という信条で、自分では古風で律儀な男と思っていたらしい。「衝動」というと、今は軽視されそうだが、彼の場合は創作を喚起するパッションを指した。

 路郎も朝鮮から満州、さらに北支、蒙古と放浪の旅を重ねたが、それも一種ロマンティックな衝動につき動かされてのことだったろう。
 広漠としたアジア大陸が川柳的とは思わぬが、中国体験という共通項から、これらの作家に親しみを感じている。

 東八本の解説の中で、田辺聖子は東八の次のような一句を引いている。

・引揚げの眼に花だけが美しい

 傷心の大陸からの引揚げ者に対する祖国の「温かい心」と見たのだ。おもてなしは志である。
 鶴彬の有名な「万歳とあげていった手を大陸においてきた」と並立する大八の作品がある。

・戦争を語れば無き手がしびれ出す
・片腕で抱けば泣く子が悲しかり
・空っぽの袖へ秋風ばかり吹く
・大陸に眠る片手を寂しがる

 東野大八もまた戦争で片腕を失った男であった。

 岸本水府は明治二十五年二月二十九日(閏年)鳥羽市に生まれた。その『番傘』の創刊は大正二年。同六年には同人制を敷き、同人数約五十人。水府宅に番傘川柳社を置いて、本格川柳の宣言をして意気軒昂たるものがあった。

 その長い歴史は、戦争と人事をはさんで、同人を悩ましたが、よく健闘したと思う。

                                                                           (文芸評論家)

誌上互選より 高点句(一人5句投票)
前号開票『学校』  応募88句
 1 7  出身校聞いてないのに言いたがり 織田広花
 1 2  七十になっても寄付が居る母校 加藤峰子
 1 1  学校が大きく見えたランドセル 水野リン子
   9点  卒業をしたらよそよそしい校舎 青砥英規
   8点  雑学の学校ならば縄のれん 鈴木章照
    7点  学校にリストラされた金次郎 圦山 繁
     校名は甲子園から知れ渡り 吉崎柳歩
      卒業をすると学校好きになる 小出順子
      料理学校出ている妻はチンが好き 芦田敬子
      学校で教えはしない処世術 圦山 繁
      廃校を知らず読書の金次郎 芦田敬子