目次28年9月号
巻頭言  「巻頭言」
すずか路
・小休止
・柳論自論「韻文としての川柳(上)」
・没句転生
・人と句(石神紅雀さん)
・例会
・例会風景
特別室
・アラレの小部屋
・前号「すずか路」散歩
誌上互選
・インターネット句会
・ポストイン
・エッセイ・あしあと
・大会案内
・編集後記

たかこ
柳歩整理

柳歩



たかこ
清水 信さん
久美子
岡本 恵さん





 
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巻頭言

「巻頭言」

 交換誌から「巻頭言」の実態を探ってみた。とはいっても我が家に交換誌として送っていただいている柳誌は、全国から見ればほんの一部であることを初めに断らせていただく。

 主幹級の人が毎月必ず書いている・会員が交代で書いている・巻頭言のコーナーは無い、のどれかに分けてみたところ、信じられないのだが、それぞれ3分の1ずつとなったのである。
 巻頭言は、読んで下さる人への「挨拶」であり「メッセージ」だと考えて来た。「川柳すずか」は、十五年間に、途中から柳歩さんと交代で書くようになったが、私の場合は少し川柳から離れたことも書く。

 他誌の巻頭言は、柳歩さんが書かれるような柳論も多く読んで勉強になる。だが、柳誌はおそらく「巻頭言」に限らず、ほとんどの人が自分の句だけ、あるいは意中の人の句だけ目を通しておしまいが多いのだろう。知人曰く「毎月ようやるわ、悪いけどメガネ探すのがめんどうな時は封開けないときもあるわ」だ。それでも誌友費はきちんと収めてくれている。

―巻頭言から話がそれてしまった。
 主幹級の人がずっと書いている「巻頭言」は自然と「癖」が見えてくる。歴史を語る人、気になることを書き綴る人、川柳以外の芸術方面からバンバン攻めてくる人、みっちり人生論を語る人、詩の形式を借りて川柳や人生を訴えかけてくる人、だいたい同じパターンだが、それぞれ味があっていいと思う。出来れば川柳へ向けた厳しい考えを載せるのがいいのだろうけど…

「巻頭言」に対して「編集後記」はほとんどの柳誌にある。編集に携わった人がその月の感想などを書いたり、一頁まるまる編集後記としているところもある。
「巻頭言」はあまり読まないけど「編集後記」はかならず読むと言われることがある。主役は「川柳」なのだがあまり肩ひじ張らず、どちらも書いていきたい。

 
                                             たかこ            

 
すずか路より
地方紙に気魄で負ける全国紙 西山竹里
鼻歌で掃除洗濯あごマスク 岡ア美代子
洗剤を少し多めに加齢臭 日野 愿
本番に必ず遅刻いるんだな 竹原さだむ
イントロで終わった恋にある未練 澁谷さくら
お便りに埋もれて泣いている仏間 神野優子
知りたくはない真実を知らされる 上村夢香
一応は供養のための盆踊り 佐藤近義
待ってます社交辞令で書いておく 岩谷佳菜子
復活のソフト入れたい認知症 石谷ゆめこ
三日かけ八つ切り西瓜食べ終える 西垣こゆき
エアコンの部屋で座れば金縛り 松岡ふみお
Uターンするため建てる道しるべ 坂倉広美
生徒の名徐々に忘れる夏休み 橋倉久美子
3000本達成イチローの白髪 北田のりこ
満月よ何でも知っていそうだね 河合恵美子
ノンアルの酔った気分は安上がり 落合文彦
あと何度できるひそかな片思い 毎熊伊佐男
暑いのに子が草取りに来てくれる 鈴木裕子
お墓よりポケモン大事盆参り 長谷川健一
古里でも同じ事して過ぎるだろう 竹口みか子
帳尻を合わせ話に幕を引く 瓜生晴男
時を得た人だけがとる金メダル 加藤吉一
鉢花までも熱中症になったよう 安田聡子
メロディーで追い立てられる閉店時 芦田敬子
寝てみても座ってみてもいい五輪 圦山 繁
チャルメラの音色聞こえる金曜日 千野 力
半分は嘘を書いてるわたしの句 鍋島香雪
仮縫いを裏切らぬよう生きている 小出順子
飲みたくない日があったなら休肝日 鈴木章照
大臣になるとコンビニにも寄れぬ 高柳閑雲
交通網整備するほど増える過疎 川喜多正道
私にも聴かせてほしい聴診器 石崎金矢
夕焼けて魂はまたひとりきり 柴田比呂志
美しい歩き方ではない競歩 竹内そのみ
部屋にある時計もみんな狂いだす 樋口りゑ
この猛暑夫のネジがゆるんでる 加藤峰子
花手桶再婚しても良いですか 西野恵子
第二章息切れもするスケジュール 寺田香林
すぐ側で微笑む若い母の夢 瀬田明子
老人割引きしては貰えぬネズミ取り 吉崎柳歩
どれくらい重いのだろう金メダル 青砥たかこ
 

整理・柳歩

川柳 人と句 53 「石神 紅雀さん」                                                                              たかこ

宝石のようなヤカンに手が掛かり
大地震に小さな事故は飲み込まれ
いくつものマメを潰して晴れ舞台
日向ぼこ夫のもしも考える
さいたさいたおどるからふるらんどせる

じっとしています私は無力です
玄関で息を吸い込む畳替え
幸せだ食後の卓で皆コクリ
胸にひしめく封印した言葉たち

しつけ糸セピアに香る島紬
熱愛を今日は休んでいいかしら
新しい靴に未来を賭けてみる
スマートに生きて落し物の多さ

八月もお湯を沸かしていつ火鉢
酒旨しうちの子みんなうちにいる
わかってる何も言わない賛成派
どなたにも感謝は尽きぬエピローグ
見ぬ振りをしよう平和はここからだ

鰹さん逝去

ネットから訃報だなんて辛すぎる
一度だけ会った貴方の人となり
かっこよく死んでみせたね回遊魚

8月27日(土)例会より
宿題「ぎりぎり」 青砥たかこ 選と評
   ぎりぎりの人で回している職場 竹口みか子
   宛名シール貼るとオーバーする切手 吉崎柳歩
 止  ぎりぎりにいつも来るから来るでしょう 北田のりこ
 軸  ぎりぎりまで粘り引きずり出す答 青砥たかこ
宿題 共選「座る」 鈴木裕子 選
   叩かれるために座っている座禅 圦山 繁
   座ったら帰らぬ客がやって来た 西垣こゆき
 止  獅子鼻がどかりと胡座かいてはる 毎熊伊佐男
 軸  座りごこちいいとは言えぬ選者席 鈴木裕子
宿題 共選「座る」 坂倉広美 選
   発言も態度も変わる座る位置 加藤吉一
   輪になって座ると童心に還る 吉崎柳歩
 止  座る席に気を配らない家族葬 加藤吉一
 軸  過去形の椅子に座ると安堵する 坂倉広美
宿題「自由吟」 吉崎柳歩 選と評
   かき氷を食べてる間汗はひく 青砥たかこ
   お楽しみばかりではないスケジュール 千野 力
 止  シーエムの歌も良いのは癒される 加藤吉一
 軸  善人にひととき還る墓参り 吉崎柳歩
席題「輝く」 清記互選 高点句
 8点  お盆までは輝いていた夏休み 川喜多正道
 7点  コンビニが無駄に輝く午前二時 樋口りゑ
   寄付金の多い順から輝く字 石谷ゆめこ
 6点  輝いていないと意味がないネオン 青砥たかこ
特別室

「海図」3号                                      清水 信

 書庫の整理中である。しかし昔の本や雑誌が出てきて、面白いので、思わず片付けの手を休めてしまうことがあり、読み返して、時間を無駄に過している。

『海図』3号が出てきた。山村祐の個人誌である。川柳の雑誌で個人誌は、まことに珍らしい。他に河野春三(大阪市此花区春日出町)の『馬』があった。
『海図』3号は、昭和40年9月刊行(東京都豊島区巣鴨6丁目森林書房)。
 巻頭に岸本水府への追悼文がある。その年の夏に急逝したらしい。

・見舞客へまともに見えた足のうら

 これが水府の遺作という。
 そして巻尾には、桑原狂雨の「革新川柳にはない心の余裕」というエッセイ(番傘より復刻)がある。しかし、その間の大部分の文章はすべて『番傘』批判で埋めている。
 誌中に「岸本水府句集」の全目次があって、「母百句」から65歳の「第四運動」までの約50年間1829句を収録していると説明があって、それを読まないでは水府論は無理という気がする。
 山村祐は才人で、川柳の他にも『現代ヨーロッパの人形劇』とか風刺詩集『大礼服』(いずれも昭森社刊)があって、前者はチェコ紀行を背景にしたルポで、後者は敗戦直後からの日本の世相を批判している書。

 盛大な参加者を誇る『番傘』の、余りにも無気力な作品への抗議を続けている山村の気持も分からぬではない。「寄らば大樹のかげ」という姿勢は、いずれにしても安易であることも違いはない。
 川柳は娯楽であるという揶揄誹謗に対して、あくまでも「川柳は文学である」と言い続けていかなければならぬと、山村は主張している。

 岸本水府の強大な組織力については、疑うべくもないが、その組織の上にあぐらをかいている所に、その創造的限界があったという指摘も、正しいだろう。独創と「仲良し」とは峻別すべきことであるとも、真実の声だろう。
 しかし鶴彬のプロレタリア川柳にもどれるわけもない。
 水府の青年時代の作を掲げる。

・教室に皆鼻のある顔ばかり
・人間の真中辺に帯を締め

 ここに青春らしい軽みと洗練さを只すと説くが、自分は賛成半分といったところである。
 すべての文芸は大らかであって良いのである。何々はいけない、ダメだという攻撃より、その生新さを拾いあげることが大事だろう。

 猫の背や仏具売る町ここにあり      草刈蒼之助

                                                                      (文芸評論家)

誌上互選より 高点句(一人5句投票)
前号開票 『 分ける 』  応募88句
 1 4  分けてから少し他人になってゆく 岩田眞知子
 1 2   分けないとけんか分けてもまたけんか 橋倉久美子
 1 1  お日様が毎日分ける昼と夜 松長一歩
       スーパーの時計が分けている値段 佐藤近義
        大国が力任せに分ける海 圦山 繁
 1 0    わたくしも分類上はナマケモノ 濱山哲也
    9点  大皿の料理最初は目で分ける 橋倉久美子
     数回に分けて治療をする歯医者 西山竹里
     割り勘の端数負けてはくれぬレジ 水野リン子